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腎臓病発症と30代でのインテル

20代は問題山積みの中仕事をまかされ自分で考え行動した8年間でした。

だけど前回の社員証バッジの写真、久しぶりに見ましたが28歳で疲れた顔。
仕事、仕事の20代では自分の健康について考える暇もありません。

1976年、日本支社からインテルジャパン株式会社に格上げされ支社からは
私一人が移りました。 
1978年5月、総勢8人で富士ヘルスカントリークラブに健康診断を兼ねながら一泊二日でゴルフにでかけました。
私が30歳になって入社以来始めて健康診断をしたのです。

そこではカセットレコーダー(懐かしいですね)を腰に付け心電図を測るパッドを胸に24時間のデータを記録します。
さて24時間の中では食事したりトイレに行ったりゴルフしたり麻雀、睡眠とありとあらゆる場面で何をしたか記録用紙に時間を書き入れます。
二日目には診療所でそのデータの簡単な解析と尿検査等がありました。
それらの結果から尿から蛋白が出ていて腎生尿蛋白の疑いがあると告げられました。
さらに心臓の左心房の弁にも今は大きな問題ではないが異常がありますと。 
精密検査のために大きな病院で検査を受けてくださいと言われました。

それで後日新宿の東京女子医科大学で専門外来を受診し、正式に慢性腎炎と告げられました。
腎臓も心臓も自分にはまったく症状が出ないためその後の10年生活習慣を改めることなくさらに仕事に集中していきました。

インテルでの仕事が楽しくて、20代での実績が自信になり全身に力がみなぎるような30代でした。
マーケティングと営業本部長をそれぞれ歴任し39歳で取締役副社長に就任しました。

80年代インテルに関して日本で何が起こったかを考えてみるといろいろありました。
その中でインテル本社の転換点となる以下に述べる日本とアメリカとのジョイントプログラムが発表されました。
インテル本社はついに日本からいろいろ学ぼうという姿勢に変わりまして 「日本焦点プログラム」Japan Focus Programを作りました。本社、工場の幹部社員に対して日本を知ろう、もっと学ぼうというプログラムです。
我々日本側も大歓迎です。早速お客さんとの打ち合わせに入りました。
米国側が理解し納得できる方法を検討し特に品質、信頼性に関する工場社員の意識の高さ、品質に関する日本での考え方、生産での納期管理の重要性を工場の見学から社員同士がQC(品質向上)サークルを作って話し合いをしている場面にも参加しました。

米国側は驚くばかりです。アメリカでは考えられない光景があるのです。

別の日には日本側から地図を渡され示された場所に二人で協力しながら地下鉄に乗って目的地にいったり、築地市場を見学したりする余興も用意しました。

次回は2月22日に更新します。


プロフィール

傳田 信行(Nobuyuki Denda)

Author:傳田 信行(Nobuyuki Denda)
1971年インテル日本法人(インテルコーポレーション日本支社)入社、1976年インテルジャパン株式会社が設立、インテルジャパンの社員第一号となる。
1993年アメリカ本社副社長に就任し兼務となる。
1997年、インテル株式会社代表取締役社長に就任。
2001年3月代表取締役会長を退任。
2001年7月傳田アソシエイツ株式会社設立、代表取締役に就任。

30年に及ぶインテルでの経験をもとにベンチャー育成及び投資、コンサルティング活動、また学生や企業幹部に向けて「ビジネスの起こし方」、「人生の生き方」、「リーダーシップ」、「インテルの経営手法」といった講義・ビジネスセミナーも多数行い、現在に至る。

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